覚悟

繊細さんへ

繊細さん、というワードが
世間に現れてからしばしたち、

今ではだいぶ普及したように
感じます。

 

繊細さん、悪くいうと、
細かいことを気にし過ぎて
の苦しさがあるかもしれない。

 

でね、先日、繊細さんの背景を
見る、という勉強会を
やったんです。

 

繊細な自分をそのまま表現している
自分がいる、

だけどもし、

繊細な自分ってダメだって
罰している自分、

あるいは幼少期含めて
否定された、という経験を
持ってる場合、

繊細、の逆、の

適当

を振る舞いがちです。

 

周りから見たら些細な
エピソードでも、

繊細だからこそ、
それをずっと引きずって、

適当

を演じ続けてる人が
たくさんいらっしゃる気がします。

 

僕は、昔、

散髪屋さんに行った時に、

ハサミがなんだか皮膚をかすめてる
気がして、怖くて、

「痛い!」

って頻繁に言ってたら、

「そんな痛がるなんて
女の子みたいやな」

と髪を切っていた方に
言われて、

それ以来、

痛いことを、痛い

と言わなくなりました。
(女の子がダメ
ということではなく、
男であるにかかわらず、

女の子扱いされたことが、
ダメなことだと捉えたようです)

 

で、いまだにそのエピソードを
覚えているし、

強くなければ!という
概念はいまだにある気がします(苦笑)

 

でね、繊細、を隠して、

適当、

とか

大雑把

とか

を振る舞うことが悪い、とか
じゃなくて、

 

誰よりも繊細で弱いことを
自覚してる繊細さんが、

それでも、自分のため、
周りのために、

強くあろうとし続けてきた
その姿勢

を思うとその健気さに
泣けてきます。

 

弱さを知ってることが、
本当の強さだ、

と僕は思う。

 

自分の弱さを自覚している
その人が、強くあろうと
振る舞う姿は、

本当に美しい

 

そんな人が、逆に、

自分の弱さをボーナブルに
曝け出した時に、

最も人は魅了されて
しまうんだろうなというのも
感じた。

 

繊細なことが苦しいのではなく、

繊細な自分をダメだと
罰していることが
苦しいだけ。

 

その繊細さにサレンダーして、
受け入れ、

強みとして自覚した時に、

大黒柱な弱さが
姿を現す

 

繊細さんの勇気になれば
幸いです、

 

今日も最後までお読みいただき
ありがとうございました!

 

いつもあなたを応援しております、

 

それではまた!!

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